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  • 著者のコラム

数とは何か?
小林道正

写真:数とは何か?

「数とは何か?」という問いは、長い間の私の課題であった。いつごろからそんなことを考えるようになったのだろうか。
私は今年70歳になり、中央大学を定年退職となる。長い人生を振り返る機会も多いので、その経過を少し紹介しておこう。
私が大学院で数学(確率論)を専攻していたとき、大学紛争が勃発した。当時の東京教育大学は筑波移転をめぐって新構想の大学に再編成するということで紛争になり、大学は封鎖されて授業がなかった。私は教職員組合の書記長をしていたので、大学と交渉することもあった。教科書裁判で有名な家永三郎先生をはじめ3人の教授が、文学部教授会の意思に反して評議員会から辞職勧告を受けたこともあった。筑波に作る大学のための特別な法律も用意され、その反対のために国会や各政党・議員とも交渉をした。そんななかで、「数学ってなんだろう?」、「数学と社会の関係はどうなっているのだろう?」という疑問が湧き出し、社会科学や哲学の本をいろいろ読んだり勉強会をひらいたりした。
 武谷三男氏の自然科学と弁証法との関係を論じた書籍に学ぶところが多かった。ヘーゲルの論理学とか、レーニンの哲学手稿にも感化された。小さい本であったがエンゲルスの『自然の弁証法』には、数学と何か? 数とは何か? に答えるヒントもあった。
 そんななかで知ったのが数学教育協議会の存在である。遠山啓、銀林浩氏等の活動や著作は「目からウロコ」という感じで受け止めていた。小学校以来大学まで学んできた数学について、「数ってこういう意味だったのか」、「十進法ってこういう意味だったのか」、「かけ算ってこういう意味だったのか」と新鮮な感動があった。
 私が数学教育協議会に入会するきっかけになったのは、私の専門であった確率論に関係している。確率とは何か? という課題に対して、当時の弁証法的唯物論のリーダーとして活躍されていた岩崎允胤氏の著作に学ぶところが大きかったのである。彼の著作から学んだことは、「確率とは、偶然現象の多数回の試行の中にある相対頻度の安定性に基礎を置いている」ということである。しかし、当時の数学教育協議会の実践の多くは確率の授業実践で、相対頻度の安定性に基礎を置くものではなかった。そこで私は、数学教育協議会の全国研究大会で、「確率の授業は相対頻度の安定性を基礎にするべきだ」というレポートをまとめて発表することにした。大会では参加者に理解してもらうことはできず、総スカンをくった感じで終わった。しかし、しばらくして数学教育協議会が発行している雑誌『数学教室』(国土社)から、「大会での発表をまとめて書いて欲しい。雑誌に載せたいので」と依頼があった。「少数意見で参加者から総スカンを食ったけどいいのか」と聞くと、「数学教育協議会は研究団体で、いろいろな異なる意見を大事にしている団体ですから」という説明で、私も納得し、原稿を書いた。これが数学教育協議会に入会するきっかけである。それから40年が経過し、今その団体の委員長を務めさせてもらっているのが不思議な感じである。
 40年間、数学教育協議会のなかで教育・研究活動に参加しながら、遠山・銀林先生たちの優れた主張にもいろいろ改善したほうがいい点があることにも気がついてきた。それらをまとまったかたちで世間一般の人に読んでもらいたいと思う気持ちから『数とは何か?』が生まれたのである。
 これまでにも、「数とは何か」について書かれた論考はいろいろある。古くは、デデキントの『数について』(岩波文庫)の中にもあるし、題名が一部同じ本で、『数とは何か、そしてまた何であったか』(足立恒雄著 共立出版)があるが、これらの内容には満足してこなかった。一般の人の求める「数とは何か」ではないだろうという思いがあったからである。
私の考えと比較的近いものとしては、『数の現象学』(森毅著、ちくま学芸文庫)がある。著者の森先生には京都大学でお世話になった。森先生は当時、髪の毛を長々と伸ばしており、初めての授業でいきなり教卓に腰を下ろしたものだから、学生がアジ演説でも始めるのかと思ったことを懐かしく思い出す。何も持たずに来て授業を始め、途中で証明がつかえてしまうと、「続きは来週」といって終わりになったことが何度かあった。卒業後20年以上も立ち、三省堂の高等学校数学教科書編集で一緒に仕事をさせてもらったが、そこでも数学についてのたくさんの考え方を学ばせてもらった。
今回書く機会をいただいた『数とは何か?』は、こんな私の数学学習・研究と数学教育の長年の考えをまとめたものでもある。みなさまのご感想をいただければ幸いである。

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