書籍詳細

生態学者の目のツケドコロ
何気ない日常や、見慣れた景色から見えてくる「生きものと環境」の話

生態学者の目のツケドコロ
著者名
伊勢武史
ISBN
978-4-86064-642-4
ページ数
243ページ
サイズ
四六判 並製
価格
定価1,760円 (本体1,600円+税10%)
発売日
2021年01月26日発売

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内容紹介

日常生活から、里山や森などの自然まで、私たちの身のまわりを生態学的な視点で見てみると、そこには生きものと環境がお互いに影響し合っている姿が見えてきます。生態学とは、生物とそれを取り巻く環境の相互作用を考える学問分野です。生物学の一分野ですが、地質学や地理学、気象学などといった分野とも関連性が高く、総合的な学問です。世界的に関心が高まっている、生態系や外来生物、生物進化、生物多様性、環境問題といった話題について、親しみやすくやさしい文章で、生態学の考え方を紹介します。

著者コメント

(「はじめに」より)

生態学者も植物を枯らす

 職業を問われたら、僕は研究者ということになるだろう。そして専門分野をひとことでいうならば、生態学となる。生態学は、生物とそれを取り巻く環境の相互作用を考える学問分野だ。生物学の一分野ではあるが、地質学や地理学、気象学などといった分野とも関連性が高い、総合的な学問といえる。
 なぜ、この生きものはこの場所で暮らしているんだろう。この生きものはどんな食べものを食べているんだろう。そんな素朴な疑問が高じて僕は生態学者になったんだけど、実をいうと、僕はそれほど生物に詳しいわけじゃない。
 生物学者・生態学者というと、動物園の飼育員さんのように生きものを育てるのが得意というイメージがあるかもしれないけど、ぜんぜんそういうタイプじゃないのである。「目の前の一匹の動物を幸せにできないくせに、世界の自然を救うことなんてできるのか!」なんてお叱りを受けてしまうかもしれない。それは僕の至らぬところであり、反省しきりなのであるが、だからといって、こんな生態学者の存在価値はゼロかというと、そうでもない。そうであってほしい。
 そんな僕のお仕事は、特定の生きものではなく、多くの生きものにとって普遍性な法則を探すこと、生きものの「機能」に着目し、多くの機能がからみ合って動いている自然界の成り立ちを考えることである。こういうのも生態学者の大事な役割であり、本書では折に触れて述べていきたいと思うのである。
 さて、生きものを育てるという点では素人同然の僕であるが、生きものに対する興味は人一倍強い。幼少期は身のまわりのありとあらゆる生物を観察していた記憶がある。
 生まれ育ったのは徳島県のど田舎の米農家。身のまわりにはノライヌやノラネコをはじめ、各種のカメ、フナやメダカ、アメリカザリガニ、オニヤンマやギンヤンマ、シオカラトンボ、そして春のあぜ道に生息するオオイヌノフグリやホトケノザなど多くの生きものを眺め、観察し、あわよくば自分の手元で育ててやろうと息巻いていたのである。
 しかし、その試みの多くは失敗に終わってきた
 がんばって世話をすればするほど、野生の生きものたちは居心地がわるそうな顔をして、エサを食べなくなって、やがて弱っていく。その一方で、早春にツナ缶の空き缶に植えたことを忘れて庭の片隅に放置していたオオイヌノフグリが、元気いっぱいに成長しているのを見たりする。
 こうして僕は、自分が生きものの飼育にあまり向いていないという苦手意識と、生きものは野生で暮らし、人間とかかわりすぎないほうが幸せなんじゃないかという気持ちを持つにいたったのである。
 そして、積極的に生きものを育てることはあまりなくなった。生きものが僕から受けるお世話を喜びつつ幸せに共存して生きていけるなら育てるのもやぶさかではないのだが、どうにも自信が持てないのだ。そのかわり、ちょっと離れたところから、彼らがどうやって暮らしているのか観察することにした。
 すると、自然は僕にいろんなことを教えてくれるようになった。生態学や進化生物学の専門的な知識を身につけていくと、見慣れたはずの動植物の振振る舞いが深い意味を持つことも理解できるようになってきた。

なんでも研究してやろう

 人はそれぞれ、大なり小なりこだわりというものを持っていることだろう。そのなかでも特にこだわりの強い人が研究者になるのかもしれない。
 何かを考えて自分なりの仮説を立て、それを証明するために工夫と努力をし、その結果を発表してリアクションをもらう。この一連のプロセスに喜びを見いだせるなら、読者のあなたも研究者に向いているかもしれない。逆に、研究の一連のプロセスのどれかを苦痛に感じる人は研究者にあまり向かないかも……。本質的に向いていない人は、どんなにがんばっていても、やがて疲れ果てる日が来るかもしれない。
 進化生物学者である僕は、人が生まれ持った個性はとても重要だと考えている。自分の個性に合わせて職業選択を行なえば、自分もまわりも快適に、幸せに暮らしていけるんじゃないかと思う。
 僕はたまたま、好奇心が強く、知らないことを理解する手段として勉強が好きでそれなりに得意で、アイデアを出すことがおもしろくて、それを人に聞いてもらいたいという目立ちたがり屋だったから、研究者に向いていたのかもしれない。しかし別に、僕は選ばれた特別な人間だなんて思っているわけじゃない。人はそれぞれ得手不得がある。たまたま研究者に向いているという個性は、あやとりと昼寝の達人である野比のび太の持つ個性とそんなに違いはないと思っている。
 さて、そんな僕は生態学者であり、生態学者が持つこだわりとか着眼点は、ほかの学問の専門家とはちょっと違うような気がしている。最近、大学では学際研究が勧められているので、物理学や分子生物学など別の分野の研究をしている人と雑談したりする機会もあるのだが、なんとなく彼らとはこだわりの方向性が違うかもしれないと感じることもある。
 生態学は理系とはいえ、その視点は経済学や社会学と共通するところが大きいような気がしている。生態学が注目する生命現象が生じる理由を考えるには、その背景を理解することが不可欠だ。しかし、自然界には未解明のことが山盛りである。現代社会のことを完璧に理解している人が存在しないのと同じだ。それでも僕ら研究者は、なんとか全体を把握して、可能性の高い仮説を立てなければならない。
 そんなわけで僕は、身のまわりで起こっていることすべてが、生態学の説明を待っている現象であるように感じる職業病になってしまった。人間も生きものであり、僕自身も人間であり、かつ僕のもっとも身近に生息している大型哺乳類は圧倒的に人間だらけなのである。人間も生物なので、その感情や言動は環境の影響を受ける。また人間は、環境を劇的に改変する。人間の行動を観察し、生物学の視点から仮説を立てるのは、学術研究としても、単なる暇つぶしの戯言としても、僕の興味をかき立てるのである。
 僕は、どこにいても、何を相手にしていても、それなりに楽しめてしまうという特技を持っている。だから、田舎でのバス旅などもあまり苦にならない。マニアックなお寺めぐりなどをしていると、バス停のまわりに何もない場所で 2時間待ちみたいなこともざらにあるけれど、そんなときこそ本領発揮なのである。道端の雑草、里山の雰囲気、どこからともなく聞こえる虫や鳥の声。人家の構造に畑の作物。あらゆるものが僕の興味の対象となり、頭の中で解析と分析が織りなされ、楽しく時間が過ぎていく。すべてが僕の興味を引くからである。

 生きもの同士のかかわり合いを考えるのが生態学者であるならば、僕はその役得を 最大限利用しよう。生態学を学ぶことで知り得た知識は、目の前で起こっていることを説明するのにたいへん役立つ。小さなころから感じていた素朴な疑問に少しずつ答えを出せるようになる。個人的には、これが生態学を勉強してきてよかったなあと、しみじみ感じることなのである。
 本書は、そんな僕の「目のツケドコロ」をいろいろ語っていきたいと思う。しばしお付き合いいただけると光栄である。

著者プロフィール

伊勢 武史 (いせ たけし)

1972年生まれ。
京都大学 フィールド科学教育研究センター 准教授。
ハーバード大学大学院 進化・個体生物学部修了(Ph.D.)。
独立行政法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)特任研究員、兵庫県立大学大学院 シミュレーション学研究科 准教授を経て、2014年より現職。
著書に『学んでみると生態学はおもしろい』『「地球システム」を科学する』『生物進化とはなにか?』(以上、ベレ出版)、『地球環境変動の生態学』『生態学は環境問題を解決できるか?』(ともに、共立出版、共著)などがある。

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