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  • 著者のコラム

児童文学が生まれた風景:第3回『くまのプーさん』と100エーカーの森

著者 牟田有紀子(むたゆきこ)

1. はじめに

 イギリス児童文学の金字塔といえば、A.A.ミルン(A. A. Milne)の児童文学『くまのプーさん』(Winnie-the-Pooh, 1926)ではないでしょうか。この物語は、ミルンが息子をモデルにした少年クリストファー・ロビンとそのぬいぐるみたちが過ごす架空の森「100エーカーの森」で過ごす楽しい時間を描いています。今回は100エーカーの森のモデルとなったアッシュダウン・フォレスト(Ashdown Forest)を訪ねます。

2.『くまのプーさん』のあらすじ

 物語の第一章では、プーさんがどのようにしたら蜂にばれずに木の上にある蜂の巣から蜂蜜を取ることができるか試行錯誤するところから始まります。次第にティガー、イーヨー、ピグレット、カンガとルー、フクロウなどの仲間たちが登場し、いつも真剣なのにどこか抜けているプーさんを中心に小さな冒険が繰り広げられます。プーさんがウサギの家に入り込んで出られなくなったり、イーヨーの尾を探したりといったエピソードには、ユーモアと優しさを感じることができます。

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(New York Public Libraryに展示されている本物のプーと仲間たち:https://www.nypl.org/about/locations/schwarzman/childrens-center-42nd-street/poohより)

3. 詩人としてのプー

 実はプーさんの特技は詩を作ることなのをご存知でしたか?原作ファンの方には当たり前のことですが、某アニメーション作品のプーさんにはその素敵な一面があまり描かれていないのが寂しいところです。プーさんの詩は読書を楽しくしてくれます。たとえば、蜂蜜を探しながらプーさんがつぶやいた詩には、こんな一節があります。

Isn’t it funny
How a bear likes honey?
Buzz! Buzz! Buzz!
I wonder why he does.

(Winnie-the-Pooh, 1926)

“Funny”と“honey” 、“Buzz”と“does”が韻を踏んでリズムを作っています。もともとプーさんのシリーズはミルンが息子のために作った物語ですし、本文は父親が息子に読み聞かせているという形で書かれています。大人と子どもが一緒に読んで楽しい時間を過ごすための仕組みがたくさんあるというわけです。

4. アッシュダウン・フォレスト

 100エーカーの森のモデルとなったのが、イングランド南部イースト・サセックス州にあるアッシュダウン・フォレストです。アッシュダウン・フォレストへはミルンが別荘を持っていた村ハートフィールドを経由して行くのがお決まりコースです。
 ロンドン中心部からイースト・グリンステッド駅までおよそ1時間、そこからバスで最寄りの停留所チャーチ・ストリートまで約25分のところにプーさんの故郷はあります。村も森もお屋敷の庭と違って開園時間が決まっているわけではないので、観光客にとっても訪れやすい場所です。

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(ハートフィールドにある看板)

5. プー棒投げ橋と森の風景

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森につながる美しい草原 / プーの棒投げ橋

 ハートフィールドから森に向かうと美しい草原が現れます。道は舗装されているわけではなく、先人たちが歩いた跡がハイキングコースになっているという感じです。
 アッシュダウン・フォレストの中で、特に人気なのがプーの棒投げ橋(Pooh Bridge)です。ここは、『くまのプーさん』の続編『プー横丁にたった家』(The House at Pooh Corner, 1928)の中で「プー棒投げ」(Poohsticks)という遊びの舞台となった場所です。小枝を橋の上流から流し、先に橋の下流側に最初に現れた人が勝ちというゲームです。現在でも観光客が同じ遊びを楽しんでいます。私が訪れたときにもここで同じ遊びをしたい人たちが何人も待っていました。
 森の中にはプーと仲間たちのお家もあります。木にドアが貼り付けられており、そばにはプーさんファンたちからの手紙や蜂蜜の瓶が並んでいました。

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プーと仲間たちのお家

 森を進んでいくとミルンと挿絵画家E. H. シェパード(E. H. Shepard)の記念碑があります。森を見渡せる高台にあるその記念碑を見ると、ここでミルンは物語を創り出したのだという実感が湧きます。

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ミルンと挿絵画家E. H. シェパードの記念碑

6. ハイキングの後には

 アッシュダウン・フォレストを散策したあとにぜひ立ち寄りたいのが、Pooh Cornerという名のティールーム兼ショップです。先述の停留所チャーチ・ストリートのほど近くにあります。物語に登場するキャラクターのグッズや本を購入することができます。私はハイキングの前にここに立ち寄ってピグレットのぬいぐるみを買って、ハイキングのお供にしました。
 ティールームでは、サンドイッチやスコーンを楽しむことができます。紅茶はプーさんの顔の形をしたティーポットで提供されることがあります。壁にはプーの名場面の絵や引用が飾られており、プーさんの世界に浸ってのんびりとした時間を過ごせます。ショップの奥には展示スペースもあり、貴重な資料や時代を感じるグッズが並んでいます。美味しく可愛く、さらに勉強にもなるという最高のティールームです。

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ティールーム&ショップ「Pooh Corner」 / サンドイッチと紅茶

7. おわりに

 ティールームや橋といった実在の場所に触れることで、物語が空想ではなく、一つの風景の記録であったことを再認識する機会になります。現地に足を運ぶことで、テキストが土地と重なり合い、読書体験が新たな形で補強されるように感じられます。


牟田有紀子(むたゆきこ)
城西大学経営学部准教授。
宮崎県宮崎市出身。早稲田大学文学部英文学コースを卒業後、同大学大学院文学研究科修士課程英文学コースおよびイギリス・レスター大学ヴィクトリア朝研究科で修士号を取得。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程、同大学文学学術院英文学コース助手を経て、2018年より現職。専門分野は英語圏児童文学・文化研究で、特に少女小説や少女文化に焦点を当てている。修士課程ではフランシス・ホジソン・バーネットの研究に従事し、博士後期課程進学から現在に至るまでイギリス・ヴィクトリア朝の少女雑誌の研究をしている。

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