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【日本語と韓国語の言葉は本当に似ているの?】第1回 日韓同形異義漢語①

著者 チョ・ヒチョル

 日本と韓国のギクシャクには言葉によるものも多いような気がします。特に漢字語の中には字面は同じなのに意味にずれができたものが多いのです。ここでは2回にわたって「日韓同形異義漢語」についていくつか取り上げてみました。

 日韓両国は漢字文化圏に属しています。韓国はふだんあまり漢字を使っていませんが、語彙の中で漢字語が占める割合は6、7割にも達しています。

 さて、中国の漢字・漢語が日本と韓国に伝えられてからもう2千年近くにもなります。ただし、日本と韓国に入った漢語の中には本家本元の中国とズレが生じたものもあります。

 これまで「日中同形異義漢語」の本は、数多く出版されてきましたが、残念ながら「日韓同形異義漢語」の本は出版されていません。ところが日韓両国では同形異義漢語を巡って度々問題が起きることも少なくありません。

(1)愛人(アイジン) VS 애인(エーイン)

애인발견(恋人発見)
▲『애인발견(恋人発見)』 テウォンCI
単語の意味

 日本の、とある地方都市の女子大学の韓国語授業。韓国から交換教授として日本に来たばかりのK先生は、最初の授業でおぼつかない日本語を使って一生懸命自己紹介をしていました。おもむろに財布から大事にしまっておいた一枚の女性の写真を取り出し、「この人は私のアイジンです。」と。

 初対面の韓国人の先生からいきなり「アイジン」の写真を見せられてしまった純粋な(?)女子学生たちは、みな凍ってしまいました。

 大変ショックを受けた彼女たちは数日後、出張から帰ってきた日本人の主任先生の元に駆けつけてことの顛末を報告。この騒動は主任先生から日韓同形異義漢語である「愛人」の説明を聞いて一件落着。

 さて、韓国語の「애인愛人(エーイン)」は「情婦」ではなく、「彼女」、「彼氏」、「恋人」などの意味です。K先生は習いたての日本語で、お近づきのしるしとして結婚相手の彼女を披露したものの、裏目に出て純真な学生を驚かせてしまったわけですね。

 他方、漢字の本家本元の中国語の「愛人」は「夫・妻・連れ合い・配偶者」の意味ですね。漢字文化圏の日・韓・中の「愛人」はそれぞれ違う意味を持っています。

 今、日本では、「愛人」は「情婦、情夫」の意味として使われていますが、一昔前までは字面のとおり「愛する人」という意味で使われていました。

 岩波国語辞典(岩波書店)も第1版(63年)と第2版(71年)までは同様の語釈がついていました。しかし、79年に出された第3版以降では、「第二次大戦後、新聞等で「情婦」「情夫」を避けてこの語を使い、「恋人でなく愛人だ」のような表現も生じた。」という説明が載っています。つまり、今の日本での「愛人」の使い方は戦後に生まれたもので、この意味しか知らない女子大生らはびっくりするしかなかったのですね。

(2)気合(キアイ VS 기합(キハプ))

朝鮮日報
▲朝鮮日報(日付不明)
単語の意味

 韓国人は「기합気合(キハプ)」ということばを聞くと、まず、軍隊や学校などでの懲罰としてのしごきを思い浮かべます。具体的に軍隊で行われる定番の「기합気合(キハプ)」には「元山(ウォンサン)爆撃(手を後ろに組み、体をかがめて頭を地面に付ける動作)」、「アヒル歩き」、「前に就寝後ろに就寝(横になって仰向きになったり、うつぶせになったりすること)」などがあります。

 軍隊や学校などでの「기합気合(キハプ)」はよく社会的なイシューになり、2005年には軍隊で訓練所に入所したばかりの新兵に対し、腕立て伏せ20回以内を2回まで、スクワット30回以内を2回までと「기합気合(キハプ)」に細かいルールが定められました。

 韓国ではスポーツ界などでも「기합気合(キハプ)」の問題が台頭し、社会問題になったりしています。

 だいぶ前のことですが、TBSテレビ『筑紫哲也 NEWS23』のスポーツコーナーで、ヤクルトの野村監督の特集がありました。監督は練習の合間に、四つん這いになっているある選手のお尻を蹴る真似をしながら戯れていました。

 そして、この様子を撮った写真が数日後の韓国のある新聞に載りました。見出しは「日本の野球選手の기합気合(キハプ)」。「日本プロ野球ヤクルトスワローズチームの野村監督が冬季訓練中、怠けている選手のお尻を蹴りながら訓示している。自律性が強調される日本のプロ野球で韓国風気合기합(キハプ)が残っているのは異色である」とコメントまでついていました。

 この記事から推測するに、韓国の記者が日本の新聞に載っていた同写真を見つけ、「気合」ということばに釣られ、想像力を働かせ「気合」を「기합気合(キハプ)」に化けさせたのでしょう。


記事を書いた人:チョ・ヒチョル
「お、ハングル!」主宰、元東海大学教授。
2009年~10年度NHKテレビ「テレビでハングル講座」講師。
著書に、『本気で学ぶ韓国語』『本気で学ぶ中級韓国語』『本気で学ぶ上級韓国語』『わかる!韓国語 基礎文法と練習』(ベレ出版)、『1時間でハングルが読めるようになる本』『1日でハングルが書けるようになる本』(学研プラス)など。

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