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  • 著者のコラム

映画字幕の舞台裏はこんなに楽しい!

著者 吉田 泉(仏文学者)

第2回

秒数で決まる字幕の文字数

「映画の字幕って、だいたいどれも瞬間的なのに、なぜ読み切れるんだろう」って思ったことはありませんか?そのはずです。すべての発話は秒数が計られているからです。その秒数に応じて訳語の文字数を決めます。

今回はこういった、字幕制作の現場を少し詳しくお話ししたいと思います。

NHKでは原則、1秒につき、2文字~3文字は読めると決められています。つまり登場人物が3秒間発話していたら、6文字~9文字の日本語がその字幕に使えるというわけです(映画館ではこれは何倍にもなるはずです)。しかし、みなさん、映画の中である人物が3秒続けて話してくれるというシーンはなかなか無いのです。せいぜい2秒、ほとんどが1秒か、1秒足らずです。だから場合によっては(あまりやってはいけませんが)、他の箇所では訳せなかった内容を、その3秒内の翻訳にこっそり入れるという手法もあります。

1秒や2秒しか喋らなくても訳せるのか?そこが様々な手法と「慣れ」と言えるのかもしれません。しかし初めにこのことをNHKでレクチャーされたとき〈いやあ、これはムリだ〉と途中何回も思いました。

苦肉の策は名案かも

特に、たとえば、ここに二人の人物がケンカしているシーンがあるとします。激しい掛け合いです。全部を忠実に訳すことは到底できません。このことを相談するとディレクター氏いわく、「うん、どっちか一方だけをずっと訳すんだよ」と。なるほど、言われてみれば素晴らしい解決法です。問題は一方だけを訳しながらも、両方の言い分が視聴者にわかるような字幕でなくてはならないという点です。

街灯に登ってリフティングする人

こつこつ計る楽しみ

今ではデジタル化されて、映画のすべてのセリフの秒数はあっという間にリストアップされるはずですが、当時は翻訳者(つまり私)がビデオデッキなるもの(古い!)と睨めっこしつつ、字幕のない映画フィルム画面(これはNHKがくれます)に流れているメモリーカウンターを凝視していちいち秒数を計ったものでした。もちろん絶えず機械を一時停止にしながら。翻訳よりもこっちのほうが大変だと感じたこともあったかもしれません。

映画の終わりまで、まずこの作業をしなければなりませんが、これはその映画の雰囲気を掴むにはとても良いことでした。飽きるほど繰り返し見ることになりますから。そして、肝心なシーンにはどんな日本語が一番いいかなどを漠然とイメージする至福の期間でもあります。それに私の拙い字幕で多くの人に楽しんでもらえるかもしれない、と考えてみるだけで、秒を争う仕事も苦痛ではありませんでした。

また、テレビ字幕はセンテンスごとには訳していません。話の途中であっても、話者の息が切れた所で切って訳します。これを「ブレス切り」と言っていました。台本の中にスラッシュを入れて目印にし、ブレスごとに台本の最後まで通し番号をつけます。同時に各ブレスの秒数も書かねばなりません。慣れてくればここまでの作業なら数日から1週間でできます。

映画台本から国民性がわかる?

NHKからもらうものは、今お話しした作業用のビデオカセットと台本だけです。フランス映画の場合だと、お国柄(?)からか、台本も極めてアバウトで、間違い(実際の映画のセリフと違う)やセリフの脱落は日常茶飯事でした。べたっと、ただ印刷してあるだけのプリントです。しようがないから、この悪い耳で聴いて補うしかありません。

それに比べると、さすが世界市場ねらいのハリウッド映画は違います。分厚い台本は1ページが三つの部分に縦に仕切られ、一番左が実際のセリフ、真ん中はその同じセリフを標準的英語にしたもの、一番右はその同じセリフをまたまた簡単な英語に直したもの!これは字幕翻訳者の語学力を疑っているとしか思えませんね。

さあ、そろそろ新しい字幕の素案が出来上がります。しかし、ここにもまた新たな「落とし穴」が字幕翻訳者を待ち受けています。つまりNHKコードによる、放送で使ってはならない単語の数々です。次回をお楽しみに。

(第3回は「字幕の落とし穴いろいろ」についてお話しします。全4回)

著者、吉田泉
NHKテレビ『世界名画劇場』字幕翻訳担当時の著者(左)

記事を書いた人:吉田泉(よしだ いずみ)
富山県生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。
パリ第3大学大学院留学文学修士取得。
東京大学大学院仏文学専門課程博士課程修了。
立教大学、日本女子大学講師を経て高岡法科大学助教授。後に教授。
現在、富山県芸術文化協会名誉会長を務める。
NHKテレビ『世界名画劇場』にてフランス映画の字幕翻訳を長年担当。主なものとして「巴里の空の下セーヌは流れる」「北ホテル」「死刑台のエレベーター」「太陽がいっぱい」「恐怖の報酬」「かくも長き不在」など。

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