2025.12.05 NEW 著者のコラム 「物語・映画のことばを旅する ―シンデレラ、タイタニック、トトロを文化でよむ」 #1 第1回 はじめに ―映画のことばを入り口に文化をよむ / 『シンデレラ』(1950・アニメ版 / Cinderella) 映画を観ていて、「あ、この言い方、なんだか気になるな」と感じたことはありませんか。たった一言なのに、妙に心に残ることばには、キャラクターの感情だけでなく、作品が生まれた時代や文化の「空気」がふっと入り込んでいることがあります。本シリーズでは、そんな「映画のことば」の入り口から、物語の奥にある文化・価値観・時代の空気を、ゆっくりたどっていきたいと思います。 『シンデレラ』(1950・アニメ版 / Cinderella)『シンデレラ』(2015・実写版 / Cinderella)『タイタニック』(1997 / Titanic) My Neighbor Totoro(1988 / 『となりのトトロ』) 国も時代も異なる4作品は、一見すると共通点がなさそうに見えます。けれど、ことばの使われ方に注目すると、それぞれが意外なところで響き合い、「ことばが文化をどう映すか」という問いを立ち上がらせてくれます。本シリーズでは、これら4作品を手がかりに、ことばの奥深くに広がる文化の風景を見つめていきます。 目次シンデレラ(Cinderella) ―語り継がれる2500年の物語『シンデレラ』(1950・アニメ版 / Cinderella)──“Work Song”が語る1950年代アメリカの女性像 シンデレラ(Cinderella) ―語り継がれる2500年の物語 シンデレラ物語は、原話を紀元前5〜6世紀頃のエジプトに伝わる『ロドピスの靴』にまで遡るとされ、約2500年以上語り継がれてきた物語です[1]。「所変われば品変わる」という言葉の通り、その姿は語り手や時代によって大きく変化し、ヨーロッパの民話、ペローやグリムの文芸化を経て、現代でもなお、映画・小説・ドラマなど数えきれないほどの形で翻案され続けています。 その長い歴史のなかで変わらない軸があります。シンデレラが、つねに「女性の象徴」として描かれてきたことです。そこには、「その時代が女性にどのような生き方を期待していたのか」という価値観が映り込みます。ことばや仕草、台詞の細部に注目すると、時代ごとにシンデレラ像がどれほど変化してきたのかがよくわかります。 「シンデレラ」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、ディズニー映画『シンデレラ』でしょうか。アニメーション版『シンデレラ』(1950)[2]では、継母に家事を押しつけられ、義姉たちに酷い扱いを受けながら暮らすシンデレラが、フェアリー・ゴッドマザーの魔法に助けられて舞踏会へ出かけ、王子と出会います。“The dream that you wish will come true.”(夢は見れば叶うのよ)とシンデレラが歌うように、辛い日常でも夢を見て耐えていれば幸せが訪れるといった、「優しさと忍耐」を美徳とした時代の価値観が色濃く刻まれています。一方、実写版『シンデレラ』(2015)[3]では、虐げられながらも実母の遺言“Have courage and be kind”(勇気と優しさを持ちなさい)を胸に生きるエラが、ひとりで森へ踏み出したことがきっかけで王子と出会い、その後も自らの選択で物語を切り拓いていきます。1950年から65年を経て、ほぼ受動的に描かれたシンデレラ像は、主体的に動く女性像へと大きくシフトしました。 同じシンデレラ物語でありながら、選ばれることば、仕草、そして「女性がどう描かれるべきか」という価値観は変化し続けています。つまり、シンデレラ物語を読み解くことは、その時代の文化を読み解くことでもあるのです。第1回では、『シンデレラ』(1950)のことば遣いを手がかりに、当時の物語がどのような価値観やイデオロギーを映し出していたのかを覗いていきましょう。 [1] 浜本隆志(2017).『シンデレラの謎』. 河出書房新社.[2] Geronimi, C., Jackson, W., & Luske, H. (Directors). (1950). Cinderella [シンデレラ]. Walt Disney Productions.[3] Branagh, K. (Director). (2015). Cinderella [シンデレラ]. Walt Disney Pictures. 『シンデレラ』(1950・アニメ版 / Cinderella)──“Work Song”が語る1950年代アメリカの女性像 昔の映画を見返すと、セリフのなかに当時の空気がふっと立ち上がることがあります。『シンデレラ』(1950)の“Work Song”を久しぶりに聞いたとき、耳に引っかかったのは、明るいメロディとは裏腹に潜む、1950年代のアメリカ社会における「女性への期待」でした。ネズミたちは “We can do it!” と士気を高めながら、シンデレラのためにドレスを仕立てようと、針と糸を動かします。けれども、この軽やかさは、シンデレラが置かれた状況の厳しさをやわらげるための演出にも見えてきます。 舞踏会へ行く条件として、シンデレラは継母のトレメイン夫人の企みによって、舞踏会までに終わらないような量の家事を課されます。“They’ll fix her. Work, work, work. She'll never get her dress done.”の歌詞が示すように、実母の形見のドレスを直す時間さえ奪われてしまいます。 ここでの“work”は単なる「作業」ではありません。家事労働 ―社会的には価値を認められにくい、賃金が発生しない「見えない労働」(invisible labor)を意味しています。この構図そのものが、伝統的な家父長制のもとで、女性がどう位置づけられていたかを、静かに象徴しています。 歌詞に出てくる“work”のニュアンスは、一般的な職業を意味する“job”や“occupation”といった「職業」を指す語ではなく、努力や疲労を前提とした“labor”に近い語感を帯びています。また、“labor”は出産時の陣痛や分娩も意味し、これらは第二次世界大戦後のアメリカで浸透した核家族モデル ―夫は稼ぎ手、妻は家庭の担い手とする性別役割分業― と深くつながっています[4]。1950年代の文化規範が、シンデレラのことばにも映り込んでいるのです。そして、65年後 ―シンデレラ物語はアップデートされていきます。 [4] 岩井八郎 (1997). 「ジェンダーとライフコース: 1950年代アメリカ家族の特殊性を中心に」. 『教育・社会・文化 : 研究紀要』.1–16. 土屋 佳雅里(ツチヤ カガリ)東京成徳大学子ども学部准教授。保育園・幼稚園・小学校で約19年にわたり英語を指導した経験を持つ。研究の専門領域は、小学校から大学までを視野に入れた英語教育。最近は、文化理解、映画・物語、AI・機械翻訳を軸に、文化の「変わらないもの」と「移りゆくもの」が言語にどのように映るのかを探究している。大学では、映画や物語を教材に、学習者が「ことばの背景まで読み取る力」や批判的思考力を育てる授業を実践中。主な著書に『映画で学ぶ英語の世界』(くろしお出版、2019、共著)。また、小学校英語教科書『Here We Go!』(光村図書出版)の編集委員として、子どもたちの日常に寄り添うことばを模索し続けている。