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  • 著者のコラム

中国・アメリカ・日本 言語から文化を学ぼう #2

著者 余田志保(フリーランス編集者、ライター)

こんにちは。フリーランス編集者の余田志保です。本連載では、中国に住んだり中国語や英語を学んだりするなかで感じた各文化の違いをご紹介していきます。
今回も中国語テキストの一節を紹介します。先生の家に招かれた生徒が「何か飲むか」と聞かれて丁重に断るシーンです。このやり取りの解説を中国語の先生に求めたところ、話は8世紀の前漢、王朝交代時の儀式にまで遡りました!
中国人が大切にする儒教精神の話から、アメリカ流「褒め言葉の捉え方」まで! 言語から各国の文化を掘り下げていきましょう。


「家でお茶を出す、出さない」の攻防戦?

第1回の記事で紹介した『異文化理解力』の「コミュニケーション」の各国分布では、日本と中国がハイコンテクスト、アメリカがローコンテクストとして分類されていた。この図によると、日本と中国では曖昧に、アメリカでは直接的に物事を伝える傾向がある。

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エリン・マイヤー著、英治出版『異文化理解力』図1-1を一部転載

中国語の先生に図を見せたところ「この通りだと思う」と頷いてくれた。彼女はアメリカ、インド、韓国、日本などの生徒に教えた経歴を持つ、異文化を肌で感じてきた広東人だ。

先生と各国の違いを話しているなかで、中国語テキストに載っている会話の話になった。生徒が先生の家を訪問したときの一節だ。

先生:  你坐吧。要喝点儿什么? 茶还是咖啡?
  (座ってね。何か飲む? コーヒー、紅茶?)
生徒: 老师, 不用麻烦了,就喝水吧! 您家又干净又漂亮!
  (先生、気を使わないでください。水を飲みますので! 先生のお宅は清潔で綺麗ですね!)
先生:  哪里,哪里!....(いやいや!)

先生曰く「お茶を出す出さない」のやり取りは、実際には次のような展開になるという。
家に招いた側が「何か飲むか」と聞く
 1. 訪問者は「不用麻烦了」と言って断る
 2. 招いた者が再度「何が飲みたいのか」と聞く
 3. 訪問者は「何が飲みたいか」を初めて具体的に伝える

まとめると「聞く→断る→再度聞く→伝える」で1セットだ。つまり、招いた側は「『不用麻烦了』は表向きの言葉で、訪問者は何か飲みたがっている」と察しており、再度聞くのだ。
これを聞いて「回りくどい」と思ったものの、私自身も似たようなことをしているかもしれない......。思い返してみると、友人宅で「何が飲みたい?」と聞かれて、本当は紅茶が飲みたくても「何でもいいよ」と濁したことがある。

この会話をアメリカ人のクライアントに見せてみた。彼女曰く「コーヒーか紅茶か聞かれたら、アメリカでは明確に飲みたいものを伝えるのが自然」とのこと。“Anything would be great.” と答えた場合、これは「本当にどちらでも大丈夫」だからで、言外の意味はないらしい。

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広東省は飲茶の本場! 朝から点心とお茶を楽しんだ早茶の1コマ。

「丁重にお断り」は中国の伝統

中国に話を戻すと、先生は「これって実は伝統なの」と、揚々と説明を続けてくれた。中国では、王朝交代の際に血縁関係のない有力者に帝位を譲ることを禅譲と言い、最初の禅譲は前漢時代にまで遡る。王朝交代が決まると、現皇帝が有力者に打診するが、有力者は固辞する。有力者は内心「一刻も早く皇帝の座につきたい」のだが、打診される度に断り、それを三度も繰り返して、四回目で初めて恭しく即位の意を示すという。
このように有力者は、周囲の熱意に押されて仕方なく即位した形をとる。言ってしまえば茶番なのだが、徳を重んじる儒教の思想が反映された演出だ。

褒められたら「ありがとう」か「いえいえ」か

会話の後半にも目を向けてみよう。
生徒が先生の部屋を見るなり「您家又干净又漂亮!」と褒めると、先生は「哪里,哪里!」と間髪入れずに謙遜する。

「『哪里,哪里!』の代わりに『谢谢』を入れるのはどう?」と先生に聞くと、「うーん。そう答える人もいるかもだけど、中国っぽいのは『哪里,哪里!』かなぁ」と言う。前回の記事で紹介した通り、中国でも「謙遜は美徳」なのだ。皆さんだったら何と答えるか、是非考えてみていただきたい。

アメリカ人は褒め言葉を上手に受け取る

これが英語のテキストだったら「哪里,哪里!」の代わりに “Thank you.” が入るはずだ。アメリカ人のクライアントに尋ねると「褒めに対するアメリカ人の姿勢」が伝わる言葉を教えてくれた。

You’ve got to learn to "take compliments well".
「褒め言葉を上手く受け取る」ように。

アメリカには褒める文化が根付いている。相手の服、髪型、笑顔、内面など、家庭や職場で褒め合う。褒められたら、受け手は上手にボールを投げ返さなければいけない。彼らは幼い頃から、その「キャッチボール」を訓練している。褒め上手であり、褒められ上手なのだ。

もし意外な部分を褒められたら、明るく “Really? Oh okay, thanks!” と答える。
同僚に仕事ぶりを褒められたら “Thanks, that really means a lot to me coming from someone like you.”(あなたに言っていただけて本当に有難いです)でパーフェクト。この場合は、素直に喜び、さらっと褒め返している。
彼らは褒め言葉を額面通りに受け取って、直球で投げ返すのだ。

ときには  "Oh, you’re just saying that.”(ねえ、ただ言ってるだけでしょ)と冗談として受け流す「変化球」で返すこともあるけれど、基本的に肯定的に受け取るはずだ。

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一流企業の広告、有名小売店、飲食店、エンタメに群がるニューヨークの人々。資本主義を象徴するタイムズスクエアだ。

「コミュニケーション」の各国分布を盲信するのは危険!

当然ながら日本人でも中国人でもアメリカ人でも個人差はあるので「コミュニケーション」の各国分布を盲信するのは危険だ。

広州に住んでいた頃に知り合った日本人で、わりと直接的にものを言う女性がいた。本人が「思っていること、隠さず言っちゃうので〜」と話していたほどだ。彼女と私には共通の中国の友人が何人かいた。彼女たちが「○○ちゃんは、日本人っぽくないね!! 」と珍しがっていたのが印象的だった。

他にも「日本人と話してると本心がわからない」と中国の友人が本音を打ち明けてくれたことがある。「コミュニケーション」の分布の図によれば、中国も十分にハイコンテクストだ。でも実生活で異文化の相手と言葉を交わし、相手を判断するときには、自分の国を基準に相手を相対的に評価する。だから中国人が「日本人は曖昧だ」と困惑してもおかしくない。


いかがでしたか。テキストの一節を少し深堀りしてみると、各文化の共通点や異なる点が見えてくるので面白いですね。
第1回の記事と本記事では、中国語と日本語のコミュニケーションがいかに曖昧で、英語は明確かについて書いてきました。でも実際のところ、例外もあるんです!
次回は「中国語が曖昧さを徹底的に排除している分野」に焦点を当てます。細かく定義されているので単語数が多い、中国語学習者泣かせな「あの分野」です。では次回またお会いしましょう!

参考文献:
・『異文化理解力―相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』エリン・マイヤー(著)、田岡恵(監訳)、樋口武志(翻訳)/英治出版
・『我的汉语教室』徐文静、施琳娜/人民教育出版社
執筆協力:Brooke Lathram-Abe


記事を書いた人 余田 志保
フリーランス編集者、ライター
2008年、早稲田大学第一文学部英文学専修卒業。
出版社にて語学書の編集経験を積んだのち、2016年に独立。
近年は、IELTSの実施団体であるIDP Education Japan公認のIELTS学習書の企画・編集に力を入れている。
中国語と英語を勉強中。現在の目標は、HSK6級を取得して中国語学習書の編集をできるようにすること。普段は、ラジオを聞いたり読書をしたり。ヨガとネコが好き。

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