コラム

ぶかぶかのベレー帽

「その男が手にした本は何だったか」

空は青く晴れ渡っていたが、枯葉まじりの冷たい風が冬の訪れを告げていた。
その男は駅を出ると、うつむきながら書店に向けて歩きはじめた。彼は深い喪失感の中にあった。彼はあまり自分のことを語らないタイプの男であったが、ある女性との顛末を友人に話し、ある本を薦められたのだった。彼は店に着くと、まっすぐ文庫売り場に向かった。その本をなんとか見つけてレジに向かったが、数人の列ができていた。彼はその最後尾につけると、おもむろに挿話の一つを読みはじめた。彼の頭の中では「もう決まってしまったの…」という彼女のか細い声が響いていた。ようやく順番がまわってきた時、彼は泣いていた。そこには彼に起こった出来事をなぞるような物語があったのだ。そして男はその絶望をいくぶん涙に変えてしまうと、わずかばかり目に光を取り戻して書店をあとにした。

彼がレジを待っている間に読んだのは、『細い肩』と題された短い挿話です。そしてこの本は次のような書き出しで始まります。
「人は孤独のうちに生まれて来る。恐らくは孤独のうちに死ぬだろう。僕等が意識していると否とにかかわらず、人間は常に孤独である。それは人間の弱さでも何でもない、言わば生きることの本質的な地盤である。」
この本がいまも新潮文庫の棚にあることを願いつつ。

モリ

2014年11月06日

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