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  • 著者のコラム

星の王子さまがみた世界 #3

第3回 生権力への抵抗: 地方行政と地域社会から

谷田利文(思想史研究者)

(前回までの記事はこちら)
第1回 『星の王子さま』と第二次世界大戦
第2回 大人の価値観に抗して

大人の画一的な価値観

 第2回では、『星の王子さま』で示された画一的な大人の価値観の例として、ナチス・ドイツと日本における優生政策を取り上げました。それは、国家にとって役に立たないと判断した人々に、断種・不妊手術を行なったり、ナチス・ドイツにいたっては、安楽死まで行うものでした。

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「生権力」という考え方

 このような、国家が国民の有用性を評価し、その生死を決定する権力に対して、ミシェル・フーコーは、それを理解し抵抗するための手掛かりを与えてくれました。フーコーは、権力はわかりやすく、言うことを聞かなければ殺すという形で行使されるのではなく、むしろ国民の生命を保障する(生きさせる)という形で行使されるとし、それを「生権力」と呼びました。
 

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Michel Foucault
(https://en.wikipedia.org/wiki/Michel_Foucault#/media/File:Michel_Foucault_1974_Brasil.jpg)

生権力にどのように抵抗できるのか?

 国家は、国民の幸福を目的とし、治安を維持し、公衆衛生に配慮し、福祉政策などを行いますが、そのような行政は、歴史的にみると、国力の維持・拡大のために行われる側面があります。国家にとって役に立たないとされた国民は、十分な行政サービスが受けられなかったり、前回見たように、強制的な断種・不妊手術が課されることもありました。国家は、全ての国民を救うのではなく、誰が生きるべきか、誰が死ぬべきかを判断する存在でもあるといえます。
 このような生権力、しかもそれが実際に国民が生活していく中で必要であり、大きな利益を受けているからこそ、余計に反抗しにくい権力に対して、私たちはどのように抵抗することができるでしょうか?

地方行政の事例: 明石市の改革

 今回は、このような生権力に抵抗する可能性を示す事例を、地方行政と地域社会の側面から紹介したいと思います。
 第一に、地方行政の下での抵抗の事例として、泉房穂(いずみふさほ)前市長による明石市の改革を取り上げたいと思います。
 泉氏は、子ども施策における「5つの無料化」(18才までの医療費、第二子以降の保育料、中学校の給食費、公共施設の遊び場、おむつ定期便)を中心に、子どもや子育て世帯にやさしい社会を目指しました。その結果、10年連続で人口が増加し、子育て層が増えることで、地域経済も活性化するという好循環を実現しました。
 首長の権限と、市民の強い支持の下、子ども予算を約2倍に、子ども施策に関わる職員を約3倍にし、改革を進めました。そして、子どもだけでなく、すべての人が自分らしく生きられるやさしい社会を作るため、「誰ひとり取り残さない『共生』のまちづくり」を推進しました。

冷たい社会を変えるために

 このような改革を進めた泉さんの信念の根本には、前回取り上げた優生思想への反発があったといいます。
 泉さんの弟がチアノーゼ(酸欠状態)で生まれ、障害が残る可能性が高いことがわかった時、医師は治療をしないことを勧めました。当時、兵庫県は特に優生政策が盛んな地域で、独自の「不幸な子どもの生まれない県民運動」を推進していました。泉さんの両親は、治療することを選びましたが、優生政策を進める冷たい社会への「復讐」が原点にあったといいます。

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地方行政によって子どもの命を救う

 泉前市長は、参考人として国会で、「国のルールを守っていたら、子どもが死ぬからです」と発言し、子ども施策に対して、専門知識をもった人員を、国の基準以上に増やす必要性を示しました。明石市の改革は、国が救わないと判断した命を地方行政において救っていくという試みであり、その改革は前市長の強い信念が原動力になっています。しかし、本人も書かれているように、無党派層による強い支持があればこそ、しがらみを脱して、大胆な予算編成が可能になったのであり、この改革は市民による改革ともいえるでしょう。政治に対して無力感を覚える人々に対しても、自分の力で改革を実現しうるという勇気を与えてくれる事例ではないでしょうか。

地域社会の事例: 「子どもの里」

 もう一つの例は、地域社会における生権力への抵抗といえる大阪市西成区の「子どもの里」の事例です。「子どもの里」は、子どもたちの遊び場であるだけではなく、親元で暮らすことが難しい子どもたちが暮らす場所でもあります。
 代表である荘保共子(しょうほともこ)さんは、インタビューの中で、「子どもの最善の利益を考える」「誰も取り残さない社会」「子どもの命をど真ん中に」と何度も繰り返します。

精神疾患を持つ親と、子どもに対して

 荘保さんは、西成区で生活し、多くの子どもや親と接していく中で、少しずつ「子どもの里」の役割を増やしていきました。
 ある時、精神疾患を持った母親が、施設で生活することになった子どもを返してもらえず、自死を選んでしまったことがありました。
 その経験から、同じような場合には、一週間の半分、子どもを預かるという新たな役割が加わりました。それにより、母親にも子どもにも余裕が生まれ、親子が共に暮らす生活を維持することができるようになったといいます。

親と子どもの生活を守るために

 また一人で子育てをしている父親が、10日間ほど飯場(工事現場)に行っている間、子どもだけを残すと、施設で暮らすことになり、仕事が終わった後も、子どもと暮らすことができなくなる可能性がありました。父親から相談を受けた荘保さんは、子どもを一時的に預かることで、親子が共に暮らす生活を守ることを選択しました。

地域社会で子どもを見守る

 このような事例は、現状の制度では救うことができない命を、地域社会の中で救っていくこと、そして様々な問題を抱えながらも、共に暮らしたいという子どもと親の意志をなるべく尊重して、その可能性を地域社会の中で探していくというものでした。
 子どもの問題を、行政に任せるのではなく、また家族だけに任せるのでもなく、地域社会の中で解決していこうという考え方は、私たちが画一的な価値観を脱して、新たな社会を構想して行く上で、大きなヒントになるのではないかと考えています。

 今回は、具体的な事例を紹介しましたが、次回は、画一的な価値観を脱する手がかりとして、ケアの思想を取り上げたいと思います。

(以降の記事はこちら)
第4回 『星の王子さま』とケアの思想

参考文献
 泉房穂『社会の変え方――日本の政治をあきらめていたすべての人へ』ライツ社、2023年。
 ミシェル・フーコー、高桑和巳訳『コレージュ・ド・フランス講義 1977-1978年度 安全・領土・人口』筑摩書房、2007年。
 村上靖彦『子どもたちがつくる町――大阪・西成の子育て支援』世界思想社、2021年。


記事を書いた人:谷田利文(たにだとしふみ)
2007年京都大学文学研究科修士課程、博士後期課程、2012年パリ第10大学経済学科・2013年パリ第8大学社会科学科博士課程。
兵庫県立大学、関西大学、大阪大谷大学、京都大学の非常勤講師、大阪市立大学都市文化研究センター研究員を経て、現在は学校法人北白川学園山の学校、京都第一赤十字看護専門学校、大阪公立大学で非常勤講師を務める。
専門は、17・18世紀フランスの社会思想史・経済思想史。
2024年春ごろ『ひとりで学べるフランス語』出版予定

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